*--野平 照雄の雑記帳--*


山のおじゃまむし(32)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(31)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(30)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(29)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(28)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(27)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(26)の掲載  2006/01/06(金)
山のおじゃまむし(25)の掲載  2006/01/06(金)


山のおじゃまむし(32)の掲載

山のおじゃまむし(32)   
大きいことはいいことだ、シロスジカミキリ

 「大きいことはいいことだ」。誰かのコマーシャルではないが、まさにそのとおりだと思う。例えば我が家のチビちゃんたち。おやつのミカンを選ぶのにそれこそ大変だ。まず、じゃんけん。勝った方は少しでも大きいのを選ぶ。これですめばよいのだが、時には大げんかになる。そして最後はやっぱり大(姉)が小(妹)を制す。これが我が家の子供たちである。しつけがわかってしまい何とも恥かしい話であるが、まあこんな話は笑い話ですむからよいとしよう。しかし、同じ大きいものでも笑い話で済まされないものがある。政治献金だ。これはいつも問題になり、時には逮捕者もでるから困ったものだ。ところが、逆に大きくては困るものがある。木の中を食べる虫の喰い跡だ。穴のあいた木は質が悪くなり高く売れないからである。
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 木に大きな穴をあける虫はといえば、まず思いつくのがシロスジカミキリだ。これは大きな穴をあける。大きいもので長径10僉こんな大きなトンネルができるのだからたまったものではない。トンネルを掘る木はカシ、シイ、コナラ、クリなどの広葉樹の生木だ。だから、シイタケ原木用のコナラ林やクリ園では目の敵にされている。幼虫は幹の中で3年、長いのになると5年以上もここで過ごす。この間、穴を掘っているのだから、大きなトンネルになるわけだ。しかし、いくら穴があいても木は枯れない。これは枯れてしまうと自分自身が生きていけないから、枯れないように木の生長に影響のない心材部に穴を掘っているのである。これが自然界の姿とはいえ、実にうまくできているものである。この幼虫、大きくなると5僂砲發覆襦この大きな幼虫の動く姿は気味が悪く、鳥肌のたつ人もいるであろう。木の穴同様、幼虫も「大きいことはいいことだ」ではないようである。
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 成虫のずうたいも大きい。大きさは何と6cm。それに厚さが2cmにちかい。これが木の中からでてくるのだから、当然大きな穴があく。その大きさは直径2cm。こんな大きな穴が木肌にあけば、いやおうなく目に入る。そういえば私は中学生の頃、穴のあいたコナラを探してこの虫の親を採ったものだ。早朝、コナラをゆするとバサッと落ちてくる大きなカミキリ。これを手にした時の喜びは今でも忘れることができない。この喜びをわが子にも、と思っても残念かな我が家は3人娘。喜びどころか逃げ回る始末だ。もっとも男の子でも今はコンピュータゲームの時代。興味を示す子は少ないであろう。私は常々思う。今の子はかわいそうだと。
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 この虫はいくらか?。カブトムシのように売られていないのでわからないが、あえてつければ幼虫1匹千円なり。これが私のつけた価格である。たかが幼虫、なぜこんなに高いのか。ちょっと気になるところだ。実は数年前、ある飲み屋でこの幼虫がつまみにだされた。数にして10数匹。食べる人4人。あっという間になくなる。そして勘定。べらぼうに高い。この額からするとどう考えても1匹千円になったというわけだ。千円の価値があるかどうかは別として、この幼虫たしかにうまい。醤油で炒めて食べると最高だ。香ばしくて歯ごたえがあり、それに味に丸みがある。これを肴に一杯やるとついつい飲み過ぎてしまう。かつて私は山へ出かけたおり、よくこの幼虫を採ってきて食べたものだ。まるまる太った大きな幼虫は食べがいがあるが、小さなやつは炒めているうちに縮んでしまう。こうなると、やっぱり”大きいことはいいことだ。”と思う。
  (平成5年2月)

Date: 2006/01/06(金) No.39


山のおじゃまむし(31)の掲載

山のおじゃまむし(31)   
 山のロザリア、ルリボシカミキリ

 「山の娘ロザリア。いつもひとり歌うよ−−−」。これは、かつてスリーグレイシスという愛らしい3人娘の歌った歌だ。当時、私は高校2年生。もう30年も前のことだ。曲もよかったが、それ以上に詩がすばらしかった。特にロザリア。この言葉に心ひかれた。山国育ちでちょっと太めの可憐な娘。こんな女性像を描いてよく口ずさんだものだ。そしてこの女性像がいつの間にか女優吉永小百合に入れ替わってしまった。日活映画からデビュウした彼女のフアンになったからである。丁度この頃、私はカミキリムシに熱中していた。ぼろ自転車で山々をかけめぐり、夢中になって採集したものだ。そして、これを図鑑で調べるのが楽しみであった。そんなある日、ロザリアという学名が目についた。ロザリア?。どんなカミキリムシだろう。胸をときめかして、ページをめくった。
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 それはルリボシカミキリであった。澄んだ水色の肌、それを一層引き立たせる黒の斑点。スマートな体。それに長い触角。それこそきれいというか高貴さのただようカミキリムシで、まさにロザリアそのものであった。そして図鑑をみつめているうちにいつしかロザリアが小百合になり、サユリカミキリ。一瞬こんな名をつぶやいてしまった。それから私のロザリア探しがはじまった。しかし、採れない。私にはロザリアは無縁なのか。こんなことを思いながらあちこち探し回った。それから1年後。とうとう見つけた。やった!。その時の胸の高鳴りは今でも忘れることができない。それは、植物の研究に情熱を燃やしていたN氏と出かけた国府町の猪臥山であった。        ×   ×   ×   ×   ×
 ルリボシカミキリの幼虫は、ブナ、ナラ、ニレ、カエデなど広葉樹の幹を加害する。だから山のおじゃま虫なのだ。しかし、どうせ薪ではないか。少々食われていてもいいではないか。こんな思いでその後もロザリア探しは続いた。ロザリアは県下各地にいた。地図に印した赤丸がだんだん増えていった。丁度この頃、吉永小百合の人気は急上昇していた。あのポチャポチャとした可愛らしい顔が男心を引きつけたのだろう。その後爆発的な小百合ブームがおこり、一躍超一流の人気女優になってしまった。このブームは私がロザリア探しに明け暮れているうちじゅう続いた。そしていつしか小百合ブームも下火となり、私の胸からロザリアは消えていった。
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 話は一気にとんで平成3年夏。出勤途中のラジオからなつかしい歌が聞こえてきた。あのロザリアの歌だ。スリーグレイシスが20数年ぶりにグループを復活して歌っていたのである。さすがに声量はおちていたが、それでもいいハーモニイであった。ロザリアの歌。なつかしい曲だ。かつて私がロザリア探しに情熱を燃やした当時のことが脳裏を去来する。しかし、世は様変わりした。あれほどたくさんいたルリボシカミキリはほとんど見ることができない。害虫どころか貴重な虫になってしまった。それにあのN氏。何を思ったのか自らの手で命を絶ってしまった。植物にそそいだ情熱を捨ててまで死を選択した理由は何なのか。そんなことを思うと胸が痛む。そのN氏と出かけてはじめて手にしたあのロザリア。今ではすっかり色あせ、ルリボシどころかクロボシカミキリになってしまった。どうも寂しい話ばかりだ。幸い、吉永小百合は今なお健在で、第一線女優である。あの若々しさは無くなったが、私にとってはいまでも小百合ちゃん。私の心のロザリアとしていつまでもフアンであり続けたいと思う。
         (平成4年12月)

Date: 2006/01/06(金) No.38


山のおじゃまむし(30)の掲載
山のおじゃまむし(30)
昆虫界の浦島太郎、クロトラカミキリ

あれはたしか昭和53年の夏だったと思う。ひとりの男の方が訪ねてみえた。床の間のケヤキから虫が出てきて、穴だらけになったという。このことについての相談であった。自慢の床の間だっただけに非常に残念だと悔やんでみえた。虫の正体はクロトラカミキリであった。また、この虫か。私は思った。家を新築すると、1〜2年後によく出てくるからである。ところが、この人の場合は新築後16年経っているという。まさか。一瞬、私はこの人の勘違いでないかと思った。こんなことってあるのだろうか。私にはどうしても信じることができなかった。それから数年後、昆虫専門誌に驚くような記事が掲載されていた。クロトラカミキリが45年経って出てきたというのである。45年。これは長い。ということは45歳のクロトラカミキリではないか。まさか。一瞬、今度はおとぎ話の「浦島太郎」が脳裏をかすめた。
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クロトラカミキリは花に集まる。花は餌であると同時に、雄と雌との出会いの場所なのである。ここで、雄が雌に熱烈なラブコール。意気投合した二人は早速結婚。ここまでは人間様とほぼ同じだ。ところがこれからが違う。結婚直後に、もう他人だ。雄はつぎの女性を見つけて手当たり次第プロポーズ。これを何回も繰り返すのだから、まさに男冥利につきるといったところであろう。だが、雌も負けてはいない。子供(卵)を産んではすぐ再婚。そしてまた再婚。これを繰り返すのである。悪く言えば男遍歴をかさねるわけだ。こうなるとこの虫、雄、雌そろってふしだら虫にみえる。しかし、そうではないのだ。彼らは子孫を残すためにそれこそ必死になって愛の遍歴をかさねているのである。
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雌は色々な木に卵を産む。ケヤキ、クリ、コナラ、カラマツ、タケなどざっと数えただけでも数10種に及ぶ。しかし、産むのはいずれも枯れた木だ。だから彼らにとって土場は格好の産卵場所なのである。卵から孵った幼虫はすぐ木の中に潜り込み、木部を食べて大きくなる。普通2年で成虫となるが、木が乾いてくるとカロリー不足になるため4〜5年になることがある。このため、虫食い材を使うと新築してから1〜2年後になって虫が出てくるのである。つまり柱や床の間の穴はクロトラカミキリの御土産なのである。もし、自分の家で発生したらどうであろうか。なけなしの金どころか、借金という2文字をしょってまで建てた大事な家。泣くに泣けないどころか「憎き虫」と踏みつぶしてしまうであろう。反面、ひょっとしたらよくぞ45年もかかって出てきたかとやさしく迎えるかもしれないと思ったりもする。それにしても45年とはいかにも長い。
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浦島太郎は亀に連れられて海の底の竜宮城へ行った。そして、そこでしばらく生活して帰ってきたらお爺さんになっていた。これがざっとしたあらすじだったと思う。だから、相当長い間竜宮城にいたことになる。どれくらいだろう。もしや45年では?。45歳が頭から離れないのでつい思ってしまう。しかし、長いとはいえ毎日きれいな乙姫様とおいしい御馳走を食べて遊びほけっていたので、むしろ短かく感じたのではないか。きっとそうだと思う。これに対しクロトラカミキリ。暗い木の中で、ただ食べて出すだけの45年。それも栄養のないかたい木部を食べているのだ。それこそ長く感じたであろう。それどころか苦痛の毎日だっただろうと同情してしまう。45年目の娑婆。もし、自分だったらなにをするであろうか。恐らく女のもとへ一目散に駆けつけるであろう。クロトラカミキリの愛の遍歴の激しいのは、45年間の積もり積もったうっぷんばらしではないのか。自分とクロトラカミキリを置き換えてみたら、こんなことを思ってしまった。
(平成4年11月)
Date: 2006/01/06(金) No.37


山のおじゃまむし(29)の掲載

山のおじゃまむし(29)  
卵の空中爆撃、コウモリガ

 こんな事を書くと笑われそうであるが、私は年がいもなくコンピュータゲームに凝ってしまった。ゲーム名はデェプス。どうゆう意味かは知らないが、要するにバンバン射って敵を倒していくという単純なゲームだ。これが実に面白い。得体の知れない怪物を射ち落とした時の気持ちは何とも言えず、まさにストレス解消となる。しかし、敵の攻撃が厳しいので、逆にやられてしまうことが多い。特に第6面の空からの攻撃。ここが難しい。雨水のごとく落ちてくる爆弾。ここをさけて攻撃しなければならないのだけど、なかなか突破できない。何回挑戦してもあと一歩というところでやられてしまう。頭にきてもう1回、もう1回とやっているうちに、ふとコウモリガが脳裏をかすめた。落ちてくる爆弾が産卵光景に似ているからである。
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コウモリガは飛びながら産卵する。いや産卵するというよりばらまくわけだ。その数1万数千個。莫大な数である。これが次々と落ちてくるのだから、さながらデェプスの第6面だ。虫相手の仕事をしているせいか、ついそう思ってしまう。さて、落ちた卵はどうなるであろうか。そのまま冬を越し幼虫となるが、これからが大変だ。まず柔らかい雑草の茎を食べて大きくなり、その後樹木に移って幹の中で生活しないと成虫となることができないからだ。だから、これらの植物がないと生きていけない。それに移動途中で蟻や蜂などの外敵に襲われて死ぬものも多い。このため、成虫になるのはせいぜい1%だ。そう言えば、今までに何回かコンクリートの上に産卵しているメスを見たことがある。これなど1%どころか、死亡率100%であることは間違いない。生き残る数が少ないので、たくさんの卵を産む。コウモリガの生き延びる手段とはいえ、無駄な産卵を繰り返しているものだと思う。
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 幼虫はトンネル掘りの名人だ。しかもこの設計が実に巧妙だ。いきなり掘ってはヤニに巻かれてしまうので、まず根元部をぐるっとひと回り食べて木を弱らせ、それから掘り進んでいくのだ。そして、入口は糞と食べかすの木屑でふさぎ、外敵から身を守っているのである。神様の与えた智恵とはいえ、理にかなった工法だと感心してしまう。しかし、これが人間様には自分の居場所を教えていることになるのだから、何とも皮肉な話である。かつて、このトンネルはヒノキ造林地でよく掘られていた。その証である枯損木があちこちでみられたものだ。それが、最近少なくなってきた。なぜこうなったのかはわからないが、私は下刈りが行われているからだと確信している。それは手入れ林分には病害虫が発生しないと、常々思っているからである。
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 この幼虫は大きくなると6cmにもなる。それにグロテスクだ。虫を見慣れている私でも気味が悪い。ところが、これが大変美味しいらしい。食通の人によれば最高の味だという。あの姿の幼虫がと思ってしまうが、どうも姿で味は判断できないようだ。ところでゲームのデェプス。私はちっとも上達しない。それどころか私が教えた同僚の方がうまくなってしまった。言うなれば弟子が先生を追い越したわけだ。ゲームとはいえ面白くない。あほらしいのでもう止めだ。そのかわり、コウモリガの幼虫採りに精をだし、これをつまみにビールでも飲んで憂さ晴しでもしようかと思う。
         (平成4年10月)

Date: 2006/01/06(金) No.36


山のおじゃまむし(28)の掲載

山のおじゃま虫(28)  
しゃれこつ材製造虫 ハンノキキクイとトドマツオオキクイ

 餌が豊富になれば数が増える。これは自然界の鉄則だ。ところが、人間の世界はちょっと違う。食物の有り余っている先進国では人口が減少しているのに、飢餓にあえいでいる開発途上国では爆発的に増加しているというおかしな現象が生じている。どうも自然界をあやつる神様でも人間様の世界だけはどうにもならないようだ。まあ、こんな例は例外として鉄則どおり確実に増えている昆虫類が数多くいる。中でもハンノキキクイムシとトドマツオオキクイはそれこそ爆発的に増えている代表選手だ。何しろ餌は人間様がつくりだすスギ、ヒノキなのだから。
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 両種とも材に穴をあけてマイホームを造る。そしてここで餌であるカビを培養して子育てをする。だから彼等が増えるか減るかはカビが培養できる宅地(材)があるかないかなのである。彼等の宅地は松、スギ、ブナなどほとんどの樹木である。だから宅地は十分あるのだ。しかし、ほかのキクイムシとの敷地争いが激しく、なかなかマイホームが造れなかった。ところが、人間様からビッグプレゼントがきた。保育間伐によるスギ、ヒノキの伐倒木である。これは彼等にとっておいしい餌であると同時に、広い宅地造成地なのである。それに競争相手が少ないときている。こんな好条件は滅多にないであろう。今、彼等はここで子づくりにはげみ爆発的に増えている。まさに、わが世を謳歌しているといった感じであろう。よいことは続くもので、またまたプレゼントがきた。今度は葉枯し乾燥材だ。これがまた人気のある宅地で、たちまち団地となってしまう。家をかまえて餌をたらふく食べるこの両種。まだまだ増えそうだ。
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 彼等は3仭宛紊両さな虫だ。だから野外ではあまり見ることができない。しかし、住み家は見ることができる。製材所だ。1本〜ン万円もするヒノキ。これを柱材に挽く。すると針のような穴があちこち多数でてくる。これが彼等の団地であり子育て場所なのだ。ピンホールと呼ばれているこの小さな穴。この穴によって材価が下がるのだから、小さいどころか大きな大きな穴なのである。最近、こうした被害が増加しているが、実は保育間伐木で増えた虫が土場にまで進出してきたのである。プレゼントをしてひどい仕打にあう。人間と彼等の関係は、まあこんな図式といったところであろうか。この被害、まだまだ増えそうなので、困ったものである。話はかわって葉枯し材。これをしゃれこつ材と呼ぶ人がいる。虫に食われて色の悪い材をさすらしいが、語源は定かでない。しゃれこうべのしゃれに骨を組合わせてしゃれこつ材。つまり、虫食い材は骸骨のような材なのだと私は解釈したが、もしそうだとすればユニークな言葉を考えたものだと思わず感心してしまう。
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この虫を退治するのは難しい。材の中の虫は駆除できないし、かといって伐倒木に団地を造らせないよう薬剤散布をするのも不可能だ。出来るのはただひとつ。間伐、枝打ちを積極的に行い健全な林分に仕立てることだ。こうすれば彼等は住みつくことが出来ない。もちろん間伐木は搬出しなければならないが、はたしてできるであろうか。時はすぎて50年後。1千万haのスギ、ヒノキの林は手入れ不足のため痩せ細ったもやし林に。そして彼等は大型コンピュータでも計算しきれないくらいに増え、いたるところにしゃれこつ材。こんなことにならなければと思う。
(平成4年8月)

Date: 2006/01/06(金) No.35


山のおじゃまむし(27)の掲載

山のおじゃま虫(27)  
害虫から益虫へ、キイロコキクイ

 先生と呼ばれる政治家は口がうまい。しかし、口先ばかりで嘘が多いから困ったものだ。定数是正や政治改革など民主政治の根本をなす重要課題は、一向に審議されない。また、ある先生は何億もの賄賂をもらっているのに「もらっていません」の一点ばり。あいた口がふさがらないというのはまさにこのことである。だから「どうせ政治家のやることだから」と言われるのであろう。こうなると例えは悪いが「どうせ害虫だから」と言われるのと同じでないか。だがまてよ。そうではないぞ。キイロコキクイがいるではないか。実はこの虫、今害虫から益虫になろうとしているのである。そうなるとこの先生方は虫けらよりも劣ることになるのだが−−−。
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 キイロコキクイは2个頬たない小さな虫だ。これが松の枝に集団でマイホームをかまえて子育てに励む。子供は樹皮下にある栄養たっぷりの甘皮部が大好物で、ここを食べて、食べて食べまくる。
体は小さくても子供の数が多いから甘皮部はあーという間に食べられてしまう。しかも、年に何回も発生するから被害松が増えると言う訳だ。また、この虫、体が小さいくせによく飛び回る。だからどこの松林でも見ることが出来る。それどころか以前、我が家の小さな松でも見たことがある。近くの松林から飛んで来たものと思われたが、その距離6キロ。こんなに飛ぶのかと驚くと同時に、住宅事情が悪くてこんなところまできたのかと同情してしまった。キイロコキクイは松の害虫として有名である。しかし、この虫はいずれ枯れるような弱った松だけを攻撃し、健全な松には見向きもしない。これでも害虫なのだろうか。私は常々思っていた。
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 その虫が今、害虫から益虫になろうとしている。この虫を利用してマツノマダラマミキリを退治しようと言う研究が進められているからである。キイロコキクイとマツノマダラカミキリは同じ場所に住んでいる。だからキイロコキクイに病原菌を付けて野外に放してやればマツノマダラカミキリに感染するので、撲滅できるだろうと言うのである。この画期的な防除技術はキイロコキクイだから出来るのである。つまり、どの松林にもいて数が多く年に何回も発生し、しかもよく飛び回るという習性があるからである。このお陰でキイロコキクイは害虫という汚名を返上して益虫になろうとしているのである。それにしてもマツノマダラカミキリ、同じ釜の飯を食ってきた仲間からまさか病原菌をプレゼントされるとは思いもしないであろう。
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 キイロコキクイは集団で生活する。だから住み家である松の枝にはうじゃうじゃいる。大げさにいえば掃いて捨てるくらいいるのだ。かつてはこれが悪の巣と言われていたが、そのうちに松の救世主あるいは松の女神と呼ばれるかもしれないのである。話はかわってある建物。私にはこの建物が大きな松に思える。中にうじゃうじゃいる金あさり虫や嘘つき虫が丁度キイロコキクイに見えるからである。しかし、キイロコキクイは益虫になろうとしている。だから、この虫達も益虫とまではいかなくてもせめて毒にも害にもならない虫に脱皮してほしいものだ。こんな事を書くと大叱られするだろうと思いつつ、机に向かったのが花見あとの一杯機嫌の時。鼻歌まじりで書いていたら、つい筆が滑ってしまった。                
(平成4年6月)

Date: 2006/01/06(金) No.34


山のおじゃまむし(26)の掲載

山のおじゃま虫(26)  
夫婦で子育て、ナガキクイムシ

 昆虫類の中には子供を産んでも、あとの面倒はいっさいみないという無責任な親が多い。それでも子供は育っていくのだから強い生命力だ。ところが、これとは逆に親の強い愛情のもとで育てられる幸せな子供もいる。ほほう、どんな虫だろう。少々興味がわく。実は、前回お話ししたキクイムシ類を思いだしていただきたい。この仲間にいるのである。キクイムシは側室を多くかかえて子作りに励んでいる種がいる反面、こうゆう優良家庭を築いているまじめ虫もいるのである。今回はまじめ虫中のまじめ虫、ナガキクイムシの家庭を覗いてみよう。
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 ナガキクイムシの家庭は家づくりからはじまる。家を造るのは専ら雄の役目だ。雄はヤニのでない木を見つけると、材の中心に向かって体の通るくらいの丸い穴を掘っていく。これがマイホームなのである。するとこの家に魅せられて雌がやってくる。この雌を雄が出迎えここですぐ結婚。そして新婦を新居に送りこみ続いて自分も入って、もう子育てがはじまるのである。雌はこの家に子供の餌である菌を培養し、ここに産卵する。孵った幼虫は菌を食べながら木部をかじり自分の部屋を作っていく。この頃になると親の愛情は一層強くなる。幼虫のだす木屑や糞を運びだしたり、部屋の喚起を行ったりして子供部屋をきれいにする。そして餌(菌)の管理をしながら、家に侵入する外敵と戦うなど休む暇もない毎日なのである。どれも大切な仕事で、これを怠ると一家が破滅するので夫婦でせっせと働く。このお陰で子供はすくすくと成長。やがて独り立ち。雄は嫁さがし、雌は亭主を求めて家をでていく。これがナガキクイムシの普通の家庭なのである。
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 しかし、現実は厳しい。この世界でも病気や事故によって両親をなくしたり、あるいは母親だけの母子家庭になることがある。こうした場合子供は間違いなく死亡し、その家系は絶えてしまう。親の強い愛情によって育てられるうちは幸せでも、一歩間違うとこうゆう危険がまちうけているのである。過保護(親の愛情)もほどほど。これは人間だけでなく虫の世界にもいえるようだ。この虫には私自身、忘れられない思い出がある。私がかけだし研究員の頃、ブナに寄生するナガキクイムシの調査を手伝ったことがある。先生は東大のN博士。ピラミッドの頂点の人だ。会っただけで感激し胸が熱くなったものだ。先生の言われる一言ひとことが勉強になったし、何より可愛がられるようになったことが大きな財産となった。調査の場所は東北の山峡、鴬宿温泉。忘れることのできない場所だ。温泉につかってお酒を飲んで盆踊り。これまた楽しかった。先生の踊る姿は滑稽でとても博士とは思えなかった。今でも目に浮ぶ。その先生も、もう故人。この原稿を読めばきっと苦笑いされるであろう。
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 今、わが家は子育てに追われている。とは言うものの追われているのは女房だけで、私は忙しいのを口実にあまり面倒をみない。だから父親はいても母子家庭のようなものだ。もしこれがナガキクイムシの家庭だったら一家の破滅であろう。人間でよかったと思う。そんなことよりわが家は3人娘。この娘たちが亭主を求めてうまく独り立ちができるかどうか、それが心配である。
         (平成4年2月)

Date: 2006/01/06(金) No.33


山のおじゃまむし(25)の掲載

山のおじゃま虫(25)   
昆虫界の艶福家、キクイムシ

 今年の6月に亡くなった往年の大歌手Dは艶福家としても知られている。えんぷくか?。あまり耳にしない言葉であるが、わかりやすくいえば女性の好きな人、もっとわかりやすくいえば女たらしといったところであろうか。週刊誌によれば迎えた妻が5人で、つくった子供が10数人。これだけならまだしも、一夜妻の数も多く、相当の数になるとか。こうゆう話は多分に尾びれがついて信頼できないが、たとえこの半分としてもうらやましい話である。前置きはこれくらいにして、さて昆虫界にも艶福家はいるであろうか。答はイエス。キクイムシ類だ。この仲間、歌は歌わないがあちらの方は大変な精力家なのである。今回はキクイムシの話。
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 キクイムシは小さな虫だ。日本に300種以上いるがほとんどが2〜3个如■記个鬚海┐襪里呂瓦稀だ。これが木に潜り込んで卵を産む。さらに幼虫が材内を食い荒らすから穴だらけの虫食い材となる。こうなったらもうおしまいだ。1本数10万円もする銘木でも、ただの木同然となる。このため、木材業者からはピンホール(針穴)害虫と呼ばれ目の敵にされているのである。しかし、木は彼等の住み家だ。誰が何と言おうと住みつかねばならない。ところが、虫の世界も住宅難で、なかなかマイホームがつくれない。そこで、あるキクイムシの仲間は競争の激しい樹皮下を避けて材内に潜り込み、ここに栄養価の高い菌を培養して餌にするというわざを身につけた。これがピンホールと呼ばれる虫穴で、頭脳の優れた賢いキクイムシの住み家なのである。
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 キクイムシの住み家にはメスが多い。いわゆる一夫多妻性だ。中には一夫一妻性とまじめ虫?もいるが、多くは5〜6匹のメスをしたがえ悠然と生活している。これが、10匹以上のメスを妻にしているつわものもいるから驚いてしまう。これらのオスは毎晩、いやのべつまくなしメスの相手をするのだから、そのタフネスぶりには頭がさがる。また、あるキクイムシはオスが非常に少ない。このため、オスはいやおうなしに多数のメスの相手をしなければならない。何ともうらやましい話であるが、この仲間は精子がシャブシャブだとオスしか産まれないので、下手をするとその家系が絶えてしまう。楽しみどころか大変な責任を負わされているのである。話はかわって人間の世界。最近、往年の2枚目俳優の妻が浮気をしたとかしないとかでマスコミをにぎわしている。筆者も興味本位によからぬ想像などしているが、こうした話はキクイムシの世界でもあり、この俳優の妻のように浮気をするメスがいるのである。しかし、こちらは血縁結婚を避けて種族を維持するためのだいじな浮気で、遊びどころではないのである。
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 ところで、一夫一妻性の家族生活をしているキクイムシは人間の目から見ればまじめ虫にみえる。ところが、こうした種は原始的で進化したものほど多くのメスをしたがえている。これは、オス1匹で何匹ものメスの相手ができるので、ヤニに巻かれて死亡するという危険のともなう木への攻撃はオスが受け持ち、メスは専ら卵を産んで種族繁栄に努めるという効率的な生活をしているのである。だから、残ったオスはたまたまいい目にあったというわけだ。だから艶福家というより艶福家もどきなのである。その点、歌手のD。自分の甲斐性だからすごい。これが本当の艶福家であろう。私にはこうゆう甲斐性がないので、せめてこの歌手の歌でもうたって艶福家気分にしたろうと思う。 
(平成3年12月)                  

Date: 2006/01/06(金) No.32


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